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バナナカレー
おされに憧れおされになれない地味なOLです。現在27歳。三鷹市在住。 旧日記はこちら(ちょこちょこ移行してます)↓ http://www.enpitu.ne.jp/usr/6723/ 乙女のための結婚情報を集めたいなと思っています(実は自分のため?)。mixiコミュもつくったので、よろしければ入ってあげてください↓ 「乙女の結婚式」 http://mixi.jp/view_community.pl?id=3572237 趣味は社会人になってから始めたカメラと、たまに代休をとって行く小旅行それから読書です。 この日記は、恋に、将来に思い悩んでいた大学2年(2001年)に開始。細く長くを目標に続けています。 プロフィールに共通点のある方、偶然辿り着いていただいた方、少しでも引っかかったときにはコメントいただけたら嬉しいです。長いメッセージはmixi(http://mixi.jp/show_friend.pl?id=191250)までお願いします。 カテゴリ
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もう1カ月ほど前になるだろうか。美輪明宏がテレビ番組で、日本の唱歌は「たましいがきれいになる」と言っていた。すごい照明に照らされて、仰々しいセットで歌う金髪の彼を、本当にきれいだと思った。
以来、家でずっと唱歌をくちずさんでいる。私が歌っていると、夫もつられて歌うので、合唱になる。私は音痴なので、自然といびつなハーモニーになる。 兎追いし かの山 小鮒釣りし かの川 夢は今もめぐりて 忘れがたき ふるさと 如何にいます 父母 つつがなしやともがき 雨に風につけても 思い出ずる ふるさと 志を 果たして いつの日にか 帰らん 山はあおきふるさと 水は清き ふるさと 少ない単語をメロディに乗せて歌ったとたん、懐かしい田んぼと、夕暮れの風景が広がる。換気扇からは、味噌汁の匂い。どこだろう。私の故郷だろうか。それともあの日に旅した小さな町、だろうか。 音痴な裏声の合唱は新しい団地の居間に、小さく響く。小学校以来、こんな声の出し方をせずに、歌を歌ってきたことに気づく。小室ファミリーや浜崎あゆみをカラオケで歌うときは、鼻の上くらいから、無理やり地声の高音を絞り出すから。
高田馬場も、高円寺も、これまで住んでいた家は駅から近かったし、アパートの駐輪場が小さかったので自転車を持っていなかった。今の家は、駅から歩くと30分。通勤はバスだが、休日は自転車で移動する。
自転車はすごい。どこへでも行ける。 スーパー銭湯とその向かいのドンキホーテへ、15分。 お気に入りの山田文具店とそのお隣のカフェへ、10分。 深大寺のおそば屋さんへ、15分。 今日は吉祥寺から三鷹へ、高級住宅街の中を走った。BMWが、モダンなデザイン住宅の前に並んでいる。車があまり通らないので自転車にとっては走りやすい道だが、時折行き止まりがあるので注意しなければならない。入り組んだ路地を「西、西」と唱えながら進んでいくと、大通りに出て視界が開ける。 向こうに中央線の黄色い車体と、きれいな夕焼けが見えた。カメラを構えようか迷ったが、風を切る感じが気持ちよかったのでやめた。玉川上水沿いを走るうちに、だんだん暗くなってきた。 自転車で移動中には、いろんなことが頭をよぎる。 今日考えたのは、暮らし方の変遷について。高校生・大学生のときはいきがって原宿に通ったり、友人に連れられてクラブに行ったりもしたが、紆余曲折を経て、結局幼いころに母親が連れて行ってくれたような場所・生活が好きになっている。人間てそういうものなのかな。無理をしなくなった。 昨日、近所の企業の「工場祭」に行ったのもそうだ。もう少し若かったら、この素晴らしさが全くわからなかったと思う。工場内は、通常一般の人の入場は禁止だが、期間中だけ私たちも自由に入れて、工場の食堂で250円のカレーと焼き鳥を食べ、編み物や絵の展示を見て、帰りに茶道部が出してくれたお茶とお菓子を食べて、帰ってきた。 こういうなんてことない暮しにたどりつくのに、本当に時間がかかったなあ。なんてことない暮しが一番難しくてお金がかかる。一人暮しが長かった私は、身にしみてわかる。よくよく考えれば寂しくて夜中に長電話、っていうのも、いつの間にかしなくなった。今、友人に1時過ぎに電話したら、どんな顔をされるんだろう? 三鷹で用事を済ませたので、トリアノン洋菓子店でケーキを買って帰る。昨日、一昨日と珍しく飲み会だった夫が「笑点」を見ながら寝ていて、「もう俺は金輪際家から出ない。渋谷で飲みたくない」と言っていた。うんうん、同意します。私も、これからはできるかぎり自転車で行ける範囲で、生きてこうと思っている。 ------------------------ また自分のペースで書いていきたいので、「ツイッター」を休むことにしました。新しいメディアを使ってどんどん自分をパワーアップしてきたいのはもちろんなのですが、このブログで(「発散」ではなく)「内省」することが、自分にとって貴重な時間だと思っていますので。でも自分でノートに書く日記ではないから得られるものがたくさんある。ウェブの可能性は、いつも忘れずにいるつもりです。
ひと雨ごとに、寒くなりますね。引っ越しして、はじめての秋。団地の庭の木が、少しずつ紅葉してきました。
冬が苦手で、毎年文句を言っています。実家の時代から、畳に炬燵生活だったのを、居間が板の間になったので、今年はストーブに切り替えました。例のアラジンですので、うきうきしています。とはいえ灯油の買い方も知らないので、インターネットで調べたり、両親に聞いたりしたところ、近くのガソリンスタンドが、配達してくれることがわかりました。 今日は掃除がひと段落したところで、夫と自転車で吉祥寺に出ました。井の頭公園の森はまだ青々としています。落ち葉はあるのですが。常緑樹も多いのでしょうか。空気が冷たくなった分、木々の間に立つ街灯が、温かい光に見えました。人が集まっているところに、集まりたくなる季節ですね。 夫が喫茶店でもろもろ作業をする間、私は「百年」(書店)で本を3冊。『乙女の金沢』を買ってぱらぱら見ていたら、この冬に行きたくなりました。 フィンランドのこと。『グレート・ギャッツビー』のこと。いろいろ書きたいことはあるけれど、今日はもう寝ます。
私のお茶飲み友達、rikaちゃんがイギリスに行ってしまって、1カ月が経つ。ああつまらない。しょっちゅう会っていたわけではないのに、現金なものだ。
こんなことを思ったのは、教育テレビで須賀敦子の番組を見たからだ。 今、あなたはヨーロッパにいて、どんなことを思っていますか。と離れた人に問おうとすればすぐにメールを打てるのに、結局打たずに、こうして書いている。 別に、泣くような場面ではないのだが、須賀さんの文章を初めてみたときのことを語る当時の編集者のインタビューを見ながら、じわっと涙が出てきた。 くらやみ。 坂道。 孤独。 ものごとの本質。 頑固。 いきることと死ぬこと。 そして、 シンプル&ストレート。 須賀さん、いつもあなたのように、生きていきたい。でも、なかなか、難しい。
自分の編集した本を、書店のいいところにドーンと並べていただいている光景を見て、本当に感動。なんていうか、本当にこの仕事をやっていてよかった、と思った。同業の編集者の人ってクールで知的な人が多いんだろうからこういうことブログに書くのは恥ずかしいんですが、本当に嬉しかったんです。
今回の本は、本当に仕事をしていくうえでの転機になっている感じがあり、自分がどういう本を作りたいのかとか、どうやって仕事をしていきたいのかということが、ようやく見えてきたような気がしている。
ひと雨ごとに涼しくなって、カーディガンを羽織るのが当たり前の季節が来た。こざっぱりした格好が好きなので、「なるべく薄着で暖かいものを」と探していたらユニクロのヒートテックが目につき、迷わず購入。毎日のように着ている。
それから髪を切って、ショートカットにした。今までこだわって伸ばしていたのは何だったんだろう、と思うほど、快適である。髪を洗う時間が短くなって、お風呂に入るのが少し楽しくなったし、洋服も、着るものの幅が広がった気がする。 引っ越しして3カ月。新婚旅行も終わり、ようやく生活がひと段落ついてきたので、家計や家事のこまごました部分の仕組みを、少しずつ整えている。目標は、なるべくモノを買わずに、こざっぱりと、豊かに暮らすこと。とにかく少しずつでも貯金をしていくこと。夫は貯金が得意な人なのでいろいろ教えてもらって頑張ろうと思う。 ほんの数年前までは、「仕事を続けるか、辞めるか」といった二元論が常に頭を去来していたが、最近は、考えが変わった。仕事と家庭をいかに両立させるか。そして、家庭での時間を、どうやって豊かにしていくか。こうして書くと、本当に当り前のことなのだが、「どちらも犠牲にするものではないんだし、両方をバランス取ってやるのが向いているかも」と最近は思い始めている。 母の誕生日には、ガトーフェスタ・ハラダのラスクを送った。おめでとう。これからもよろしくね。
すごい遅いんだけど、書籍作りを始めて2年経って、えらい人、あるいはえらそうに見える人というのは「けいざいがく」を体系的に学んでいるものなんだなあ、と思うようになった。これはほんとに実地で、つまり仕事で人に会うなかで感じてきたことなので、認識するまでに、2年もかかってしまった。
私は大学で、英語英文学科というとても狭い、「文学>英語>イギリス>ロマン派>ワーズワス」みたいに、狭くて階層がとっても深いところの学問を学んでいたので、というか学んでさえいなかったので、もちろん経済学なんて、知るわけがない。だからって、ビジネススクールにすぐには通えない。というわけで、こんなときに便利な方法、読書をしている。 いきなり「あだむ・すみす」からだと厳しいだろうってことで、ちょっと違うんだけど、2日で1冊、ドラッカーから入ってみることにした。ドラッカーは実は経済学ではなく、経営、マネジメントの神様なんですが、まあ経済の中に経営があるってことで、許してください。 仕事のため以外で(もちろん仕事のためもあるけど)ハードカバーの経済書を何冊も読んで、面白いと思えるようになるなんて、意外だったけれど、別に本当に学者先生が最先端でやっているような小難しい計算式以外は、たいていわかりやすいことばかり書いてあるという印象。単に難しい雰囲気を出して、女こどもには読ませず、この分野を男の特権にしようとしてるんじゃないかとさえ思う(性格悪い見方)。 本当はこういうことはおおっぴらに書かず、ひそかに勉強して、まるでもっともっと以前から知っていたかのようなふりをしていればよいのだが、そういう「ふり」をして日々を生きている若い人や、女こどもに勇気を与えるために書きました(あなたより未熟な人がいます、という勇気。別に私に与えてほしくないと思うけど)。 うーん、でも、宮台真司や東浩紀のほうが難しい。たぶん、哲学、思想っていうのは経済学の一つ上の階層にあるからなんんだろうな。
土曜日は、三鷹をぶらぶら。
日曜日は、昼寝ばかりしていた。三鷹に引っ越してから、家にいる時間が増えたと思う。 ■三鷹市 星と森と絵本の家 http://www.city.mitaka.tokyo.jp/ehon/ 土曜日に母が来て、毎日新聞の記事を持ってきてくれた。チャリで行ける範囲に、絵本×古民家、という素敵なスポットがオープンしたもよう。来週行ってこようかなー(※写真は公式サイトから借りてます)。 ![]() ■山田文具店 http://yamadastationery.jp/ 以前から行きたかった文房具屋さん。夫に、原稿用紙ノートを買ってあげたら喜んでいた。 品揃えは、デルフォニックスよりは、ちょっと乙女寄り、って感じかしら。紙のコースター(10枚105円)と筆箱買った。隣にカフェもあって、いい感じ。混んでいなくて、静かに読書できるこんな場所が、私はとても好きです。 ![]()
●9月23日(水)
覚えてない ●9月24日(木) おさぼり ●9月25日(金) 8時~16時 装着 16時 気持ち悪くて外す 24時~13時 装着 ●9月26日(土) 13時~17時 装着 17時~25時 お茶、夕食のため外す 25時~13時 装着 ●9月27日(日)<ねじを巻く> 13時~22時30分 おさぼり 22時30分~ 装着 (1週間終えての感想) 思ったより痛くないが、お茶するときに外さないといけないのが不便。 解決策ないかしら~。
寒いのは苦手なのだが、この時期、とたんに濃い色の服がほしくなったり、食後のお茶を、温かい飲み物に切り替えたりする、この感じは嫌いではない。
連休は実家に帰り、母と大宮で買い物をした。今持っている、リュックに替わる通勤用の鞄を長い間探していて、といっても「イルビゾンテ」か、「スタイルクラフト」のどちらかが欲しかったのだが、両方とも高く(前者は7万円、後者は8万円)手が出なかった。 それが、先日大宮を歩いているときに、OL風の店でキャメルの、バーキン型の鞄を見つけ、サクッと買ってしまった。2万5千円。本物の牛革だし、つくりもしっかりしていてたくさん入るし、妥当な値段だと思う。それでも、昔はこういうところで絶対妥協できずに結局カードでも何でも7万円出してイルビゾンテを買うパターンが多かったから、自分でも驚いた。 だんだん、いろいろなものへのこだわりがなくなってきていて、楽になったなあと思う。 本さえ読めればいい、家が健やかであればそれでいい。それでも毎年、壊れるものや足りないものがあって、お金はかかるのだが。生活って、不思議だ。 秋になり、また花粉症が始まった。おそらく「イネ」。辛い。 市販の薬を飲むタイミングは随分うまくなったが、そろそろ根本的な体質改善ができないものかと思う。自転車をこいでいたら、家の近くの総合病院の看板に、手書きで「漢方」という文字を見つける。「漢方」専門の先生もいるのだろうか。 さて、遅くなったけれども夏の思い出。 ![]() 近所においしいうどん屋発見(宮内庁御用達、ざるうどんが確か500円)したり、 ![]() うまカレーを食べたり、 ![]() 深大寺でそばを食べたりしましたー。
8月、9月に徹夜したりしてつくった本が、売れている~~! 正式な発売は24日だったのだが、連休中に、ぐんぐん数字が伸びて、このままだと自分史上最高記録を達成できそう。頑張ったかいがあったわ。とはいえ、すべては著者の先生と、デザイナーさんのおかげ。ここからのプロモーションも、気を抜かずに頑張ろうっと。
生まれつき、生え変わらない乳歯4本があり、ここまでごまかしごまかし、生きてきたのですがついに歯科矯正(+おそらく抜歯)を行うこととなりました。
乳歯を放っておいたことで、口の中の歯が少しずつ動いてしまい、噛み合わせが悪くなっていたためです。 やれやれ。 入れ歯みたいな器具を入れて、ワイヤーで歯を固定して毎日15時間以上(食事の時だけ外す。そして週に2回ねじを巻く)……。しかもこれで70万円……。健康って、本当に大切ですね……。 喫茶店でお茶するのが趣味なのですが、これじゃあ気軽にスタバで飲み物も買えないわ。今日から歯科矯正日記をつけたいと思います。 ---------------------------------- ●9月19日(土) 歯医者さんへ。器具を入れる。 16時~18時 装着 18時~22時 ごはんのため外す 22時~11時 装着 ●9月20日(日)<ねじを巻く> 14時~18時 装着 大宮maruでお茶するため外す 24時~8時 装着 ●9月21日(月) 8時~10時 朝食のため外す 10時~16時 装着 16時~24時 おさぼり 24時~12時 装着 ●9月22日(火) 12時~14時 昼食のため外す 17時~19時 装着 19時~24時 おさぼり ![]() ヴェネツィアは水面に浮かぶ夢だと思う。着いた日が、ゴンドラのお祭りだった。 ![]() 日曜の午後と、水路で遊ぶ子供たち。 ![]() 何度来ても、初めて見る風景がある。 ![]() ミラノ駅で乗り換え。列車で南仏へ。 ![]() 地中海が見えてきた。 ![]() ニース着。これがあるから、12時間かけてくる意味があるんだ。 ![]() 「フランスはひかりのくにだと思う」と言った須賀敦子に同意する。 ![]() 旧市街の影が、ひかりを際立たせる。 ![]() 海沿いの市場。 ![]() 市場の「かわいい」その1――ジャム。 ![]() 市場の「かわいい」その2――飴菓子。 ![]() 教会の前で、ジプシーが古本を売っていた。 ![]() 絶品! 肉詰め野菜。 ![]() 高級住宅街にて。 ![]() フランスの新幹線、TGV。結構古い。 ![]() アビニョン着。城壁に囲まれた小さな街。今回の旅で一番好きになった。 ![]() ローヌ川の夕焼け。 ![]() ローヌ川の河岸で、4時間くらい昼寝した。 ![]() アヴィニョンのとなりまち、ヴィルヌーヴ・レ・ザヴィニョン。 ![]() バルセロナで乗り換えて、マドリッドへ。スペインの新幹線は速かった。 ![]() マドリッドの書店。その後、ピカソのゲルニカと、プラド美術館をたっぷり見る。
ジュンパ・ラヒリ以来、物語の筋にこれほどのめりこんだ作家はいない。先が楽しみなのではない。ただ、そこに作り出される「世界」にどっぷり浸かることが、喜びなのだ。そういう作家は私にとって、須賀とラヒリと、水村だけかもしれない。
小説と徹底的に対峙した者だからこそ書ける、「無私」の物語。ほどよく見え隠れするストーリーテラー「水村美苗」。「ここではないどこか」を実現する濃密で建築物のように整った文章。 全てがバランスよく構築された究極のエンタテインメントに出会い、なぜ小説がこの世に必要かという問に向き合いたくなる。 なぜ私は、小説を読むのだろう。 なぜ私は、10年以上前の軽井沢の空気を吸えたことに、これほど喜びを感じるのだろう。 なぜ、物語は人を救うのだろう。 ここではないどこかに連れて行ってもらうだけで、現実が少しだけ、変わるのだろう。 私は今日も最終電車でページを繰る。なんだか疲れた。
1カ月ほど前に、「Twitter」の登録をしてみたものの、ブログへの繋ぎ方が分からず、ほったらかしていました。とりあえず、今日からやってみよう。よかったら、フォローしてやってください。
http://twitter.com/bananacurry エキサイトブログへの貼り付け方、知っている方がいたら教えてください。 【追記】貼り付けられたけど、右端が切れてる~。自分で作ったスキンだからかなあ。
土曜は16時に起きて夫と三鷹の温泉へ。ぽへーとする。
日曜は13時過ぎまで寝ていたら、父母が来訪。野菜を届けてくれた。 その後、再び19時まで就寝。 起きたら体調が悪く体が熱かったので、熱があるかもと思い体温を測る。 そしたら、36度2分だった。ほー。 本棚が出来ないので、まだ引越し気分が抜けず、友人となかなか遊べない。 古い友達に、結婚報告もしていない。 運動不足なので、バスケがしたい。 ともかく、9月2週目が夏休み。ヴェネツィア行きのチケットを取った。 旅行なんて興味がなかった夫がとても楽しそうで、よかったなあと思う。
7月末、久しぶりに(3月以来)新しい本が出た。そして今日、前作に引き続き、なんとか社内の目標はクリアできた。少しほっとする(世間一般を見回せば……こんなレベルでほっとしている場合ではない)。
ここ数ヶ月、家には寝に帰るだけ状態で働いているので、8月には(とても地味な本が)1冊、9月に、(こちらは、いろいろ頑張ってここまでこぎつけた本が、今のまま順調に行けば)2冊出る予定。担当したものがかたちになっていくのは嬉しいけれど、一作一作が勝負なので、怖いといえば怖い。どんなに取り繕っても、できたモノ(本)はとても正直だ。そして読者も、とても正直。いつも作り終わってみて初めて、自分の「クセ」が出てしまっていたことなどに気付き、反省する。まだまだだな、と思う。 転職し、書籍を本格的に作り始めて2年経った。経験不足で手探り状態だが、これから先、自分が自分の強みを生かして何をやりたいのか、どの舞台で勝負していきたいのかは、明確に見えてきた。 下半期(3月まで)の目標は、 ●1カ月に売る目標冊数を、社内目標の倍に ●自分はなぜ、この企画を作りたいのか、 それに自分の強みはどのように活かせるのかを常に考える ●イベントを成功させる ●土日は極力休む ●夜10時には退社する 以上。 この土日は休んで、掃除する。
恥ずかしいことだが、仕事が忙しく、なかなか書けずにいた。9月まで、こんな感じの状況が続きそうなので気が滅入る。9月4日に2冊校了→翌週から新婚旅行(まだチケットは買っていない)という光だけを目当てに、ひたすら走り続ける感覚。
土曜の夜、夫と自転車で井の頭公園沿いを走って帰る。真っ暗な森の中から、蝉の声。かごには石牟礼道子詩文集『猫』。町田康が解説を書いている。 どういう流れか忘れたが、「社会の外側にある何か」の話をした。社会のなかでどうふるまうかを越えた「絶対的な何か」を探し続けなければ面白くない、と夫がいうので「そんなことは所詮社会の中でのルールから外れた単なるたわごとと表裏一体のものじゃない。この社会で生きていくしかない以上、ここで“優れている”とされることを実現するために努力するしかないんじゃないの」と反論すると、なんてつまんないことを言うんだとあきれられる。私はかつて、こんなつまらないことを言うリアリストではなかったはずだ。たぶんどこかのタイミングで、今のようなスタンスに自分を置いた方が遥かに生きやすく、自分にも合っていることに気づいてしまったんだろう。私は音楽や宗教、文学といった、社会の外側に何かを求める類のものを信じている、はずなのに。 最近本棚を整理して反省したのだが、私は、圧倒的に読んでいる本の数が少ない。それから、本を作っていて気付いたことだが、どんな分野でも、本を読んでいるとそれなりに見えてくるものがある。アウトプットはどうあれ、大学時代に徹底的に読んだ村上春樹や宮台真司周辺の社会学の知識が、突然どこかとつながって、ばーっと世界が開けることがある。 日曜、夫と歩いて西友に買い物に行く。団地に着いたあたりで「一人旅って楽しいの?」と聞かれたので「うん」と答えたら「どんなところが?」と尋ねられた。改めて聞かれると難しいが、いろんなものから自由になるからではないかと心の中で思った。 小さな田舎の石畳をリュック一つで歩くとき、自分は何者でもなく、この街の誰からも知られず、たまたま見つけた街にたったひとつの小さな文具店で絵葉書をいくつか買い、また自分のペースでオリーブ畑を歩いて「NO PICNIC」と書かれた看板に少し笑う。そのうちに日が暮れて、街の少し小高い丘の公園に上ると、夕焼けが見えてくる。毎日カタカタパソコンをいじっていたことが嘘のような気になって、私はこういう瞬間のために生きていた、などと壮大なことを思いながらシャッターを切る。私が泣きそうになっているこの景色を、周りの住人は当たり前に享受している。その時、自分はとても、自由だと思う。
団地に引っ越してから、家にいる時間が増えた。環境は人を変えるなあと思う。引っ越して1カ月だが、本棚ができないのでまだ落ち着かない。
●土曜はrikaちゃんの壮行会。夫と3人でこぢんまりと。その後吉祥寺の乙女スポットをいろいろと教えてもらう。「ダンディゾン」にほとんどパンがなくて驚く。パン屋なのに……。代わりに『わたしの吉祥寺』という本を買う。帰りしな、rikaちゃんと「ナチュラルブームはそろそろ終わるな」などとくだらないことを話す。 ●土曜の夜は、夫と久しぶりに外食。吉祥寺の焼肉を食べていなかったので、初めて「牛田屋」へ。ふつーにうまい。 ●クリーンなイメージのあった吉祥寺にも、よみた屋、バサラブックスなど、中央線臭のする古本屋があることを知る。 ●テレビが届く。NHKが見られる喜び。松平定知は元気だなあ。 ●『ku:nel』の特集が「ベランダの花園」。私も頑張りたい。 ●夫の実家から「バナナ牛」(バナナを食べて育った牛)のハンバーグなどが届く。肉が柔らかくてものすごくおいしい。日曜には、うちの父母が、母の作った野菜を持ってきてくれた。トマトが甘くてものすごくおいしい。 ●本棚は、ちょっと頑張って作る(作ってもらうのをお手伝いする)予定。
昨日の夜、夫が新しく届いたソファに座って「ぷぷぷ」と思い出し笑いをしているので「何?」と聞いてみたら「今日書いた俺のブログがあんまり面白いから……」という。自分のブログで笑ってんのかよ、と思ったが気になったので読んでみたところ、腹がよじれるほど笑ってしまった。どうでしょう。よかったら読んであげてください↓
--------------------- 4年間住んだ高円寺を引き払って、井の頭公園の近くに引っ越した。面倒なインターネットの手続きや設定も済み、壊れたパソコンのキーボードも直ったし、諸々の手続きや家財道具が少しずつ整ってきている。 実は引っ越してからすでに1カ月近くが経つのだが、今のようなちょっと落ち着いた気持ちになかなかなれずにいた。 今にして思えば、住み慣れた街を離れ、劇的に環境が変わることにし対して、神経質な私は少なからず緊張し、余裕をなくしていたように思う。妻に対して恐ろしくスケールの小さい愚痴をこぼすようになってしまっていたのである。 「夕食、食べてくるなら一言電話してよ」とか「ドアとか押入れとか、開けたら閉めてって何度言ったらわかるの」とか「バスタオルは洗濯のときにかさばってしょうがないから、1日に2枚も3枚も使わないで」とか「家具とか注文するだけしておいて、受け取りとか面倒な手続きだけ全部私に押し付けないでよ!」とか、本当に一昔前の昼ドラに出てくる主婦のような愚痴を言い募った。 妻は妻でそういう細かいことをいちいち言われるのは当然面白くなく、「いったい誰のおかげで食えてると思ってるんだ!」と私を台所の隅に追い詰め、棒で打擲するのである。朝から晩まで働きづめで私よりも多くの年収を稼ぐ彼女に対して、私は何も言い返すことができず、ハラハラと涙を流しながら耐え忍ぶのであった。 そういう日は、夜、寝る前などに、ああ、毎日仕事で疲れている妻に対して、またうるさいことを言ってしまったと反省し、明日は終始笑顔でいようと心を新たにするのだが、翌日、相も変わらず夜中に帰宅して「夕食は済ませてきた」と一言だけ言い残してさっさと布団に入る妻の背中を見ると、自分の苦労がまるで理解してもらえていない、自分だけが大変な思いをしている、という思いが再び首をもたげ、また同じことを繰り返してしまうのだった。 私がもっとも激怒したのは、というよりも、上記のごときこまごまとした不満を惜しげもなく解放させる契機になったのは、引っ越してから2週間ほど経ったある日、妻が「会社の人に聞いたんだけど」という前置きで以下のような話をした時であった。いわく、団地の主婦たちは夜中に洗濯をしている世帯を目ざとく見つけると「家事がまともにできない家」というレッテルを貼ってくる、という。 その時、彼女にはまったく悪気はなく、ただ、団地の主婦特有のそういう悪癖みたいなものを面白おかしく話しただけなのは私も頭ではわかってはいたが、感情の部分では、いつも夜になって洗濯をしている私が責められているような気がして、腹が立ったのである。 「そんなバカげたことを気にするんだったら、あなたが自分で早起きして洗濯すればいいじゃない。だいたい、あなたは引っ越しのときだって何もしなかったでしょう。自分の服を2~3箱詰めただけで、あとの数十箱はほとんど私とうちの両親で詰めたんだから。荷解きだって、あなたはほとんどお義父さんとお義母さんにやらせてたじゃない! 仕事、仕事って偉そうに! 働くだけだったら20歳のガキでもやってるよ!」 というようなことを強く言い、妻がどういう顔をしているか見届けもせず、必要以上に床を踏み鳴らして風呂に向かったのである。 風呂に入りながら、今のやりとりに関して強い既視感を感じ、記憶を辿ってみると、私がたしか小学校の高学年くらいだったかと思うが、母親が拵えたラーメンに対して、父親が「チャーシューが入っていない。ラーメンにはチャーシューを入れるのが当然だ」みたいなことを言い、母親が「だったら私はもう食事を作らない」と激怒したことを思い出したのである。 当時の私は、確かにチャーシューがあったほうが嬉しいのは事実なのだから、母親もそんなに怒らなくてもいいだろうに、と思ったものだが、今なら彼女の気持ちがよくわかる。その時の限定的な状況に腹を立てたわけではなく、「何もわかっていないくせに」という包括的かつ継続的な不満が飽和したのだ。 風呂から上がり、居間に行くと、妻は二人掛けのソファに横たわってブルーベリーを食っており、私に気づくと2~3発大きな屁をした。 妻が貪っているブルーベリーは、近くのスーパーに行くと必ず彼女がさりげなく買い物カゴに入れてくる品で、ほんの少しの量で298円もするので、私はその都度「お義母さんからもらったグレープフルーツがまだあるんだから、そんなものはいらないだろう」と棚に戻していたものだった。 妻はそれを私が風呂に入っている間にわざわざスーパーまで行って購入してきたのである。口うるさい私へのあてこすりとして。 私は再び大声を出したい衝動をこらえて静かに言った。 「寝る前にあまり食べると体に毒だよ」 妻はもう一度大きな屁をしてから、 「そうね、じゃあ、残りは明日にするわ」 と言って、余ったブルーベリーを冷蔵庫にしまった。 夜、私は妻が眠るのを見計らって冷蔵庫を開け、ブルーベリーのパックにでかい鼻くそをひとつ忍ばせた。鼻くそは薄暗い中で見ると本物のブルーベリーのようだった。 翌日、会社から戻ると珍しく妻が先に帰っていてテレビを観ていたので、私は浴室の脱衣所でジョギング用のTシャツとショートパンツに着替えながら、居間にいる家人に向かって尋ねた。 「ブルーベリー、もう全部食べたのかい」 「うん、食べちゃった。もしかして食べたかった?」 妻の声が思いのほか明るかったので、私は少し驚いた。 「いや、いいんだ。それより、ちょっとジョギングに行ってくるよ」 「あ、行ってらっしゃい、車に気をつけてね」 私は玄関の敲きに腰掛け、いつものジョギングシューズに足を入れた。すると右足の裏に小石のような違和感があった。シューズを脱いでひっくり返すと、黒い粒状のものがぽとりと落ちてきた。昨日、私が妻のブルーベリーに混ぜた鼻くそだった。 鼻くそは乾いた音を立てて床で小さく跳ねた後、傘立ての陰に転がって見えなくなった。 私は居間の方をそっと振り返った。半開きのドアからは妻の姿は見えず、バラエティ番組の笑い声が、細く、断続的に聞こえるだけだった。 ※ところどころフィクションです。
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