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バナナカレー
おされに憧れおされになれない地味なOLです。現在30歳。 埼玉→高田馬場→高円寺を経て現在三鷹市在住。 趣味は社会人になってから始めたカメラと、たまに代休をとって行く小旅行それから読書です。 この日記は、恋に、将来に思い悩んでいた大学2年(2001年)に開始。細く長くを目標に続けています。歳を追うごとに、内容がどんどん内向きになっている気がしています……が、細々と楽しく、続けていこうと思います! ブログのほうが向いているので、twitterはやめました(おんなじ名前のアカウントがある?のかもしれませんが、私ではないです)。 旧日記はこちら(一部移行しました)↓ http://www.enpitu.ne.jp/usr/6723/ 乙女のための結婚情報を集めたいなと思っています(実は自分のため?)。mixiコミュもつくったので、よろしければ入ってあげてください↓ 「乙女の結婚式」 http://mixi.jp/view_community.pl?id=3572237 プロフィールに共通点のある方、偶然辿り着いていただいた方、少しでも引っかかったときにはコメント(非公開も可能です)いただけたら嬉しいです。 長いメッセージはmixi(http://mixi.jp/show_friend.pl?id=191250)までお願いします。 カテゴリ
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毎日寒い本当に寒い。でも惰性で買ったダウンコートのお陰で、まあまあ暖かく過ごしている。
金曜日の夜は、イギリス留学から帰ってきた友人と、高田馬場の「チャイカ」で夕食を食べた。3000円のコース。美味しい。仕事帰りにぷらっとご飯を食べられる人が日本にいることに感謝する。 私が最近感じていたこと——「大学時代に出会った友人というのは、大学時代という特殊な環境下でなかったら、交わることのなかった人たちだったのではないか。生まれやバックグラウンドや、人生に対する考え方、将来展望など、実は全然違う人たちと、趣味の世界=音楽、お洋服、アートなどのことだけでつながれたっていうのは、奇跡的なことだったのではないか」ということについて、少し話した。 この点についてはまだうまく、頭が整理できていない。 「私は社会人になっても“人生って何?”とかって考えたい人なんだけど、世の中にはそうじゃない人もいっぱいいるんだよね」。友人が帰り道につぶやいた言葉が頭に残っている。 高田の馬場に来たついでに、早稲田まで地下鉄に乗って、あゆみブックスで本を買って帰ってきた。佐藤優と中村うさぎの聖書に関する対談本と、佐野眞一の『あんぽん』、『暮しの手帖』。10年経って、自分の中の大学時代というのを対象化して、少し整理する時期にきたのかもしれない(そんなことしても別に、一銭にもならないけど)。 ![]() 路地の途中で見つけた古着屋。服が山積みの店内で、おばちゃんが世間話をしている。 ![]() ウンベルト・サバ書店前の道。身長2メートル近い巨大なおじさんが、正面を見据えて立っていた。 ![]() 夕暮れ。向こうに見えるのは海。 ![]() 海辺の宿に併設のレストラン。土曜の夜だから、グループが多かった。 ![]() ![]() イタリアに行って「いいなあ」と思うもの(たくさんあるけど)のひとつが、「広場」です。広場に集う、広場で語らう。これは日本にはない、ヨーロッパ独特の文化だと思います。 去年の秋、イタリアに行ったときには、フィレンツェからパリまで、寝台列車に乗りました。寝台が出発するのは夜の12時過ぎだったので、ご飯を食べ終わった後に時間をもてあましてしまいました。レストランを出て、「どうしようかな……」と歩いていたら、広場にぶつかりました。 夜の10時を過ぎても広場にはたくさんの人が繰り出して、話したり、食事をしたり、何もしないでぼんやりしたり、思い思いの時間を過ごしていました。ちょうど、土曜日の夜でした。 10月の半ばで、少しだけ、肌寒い風が吹いてきていました。そのうち、広場にある黄土色の建物の壁に、映像が映し出されました。即席の上映会に、あたりにいた人が「あら、何かしら」という感じで集まり、皆で移り変わる映像を見ていました。建物の窓に文字や人の影絵が映し出され、また消える。それだけのシンプルな演出なのですが、偶然その場にいた人たちと寄り集まって一つの絵を見ている感じが心地よくて、私はそこにずっと立っていました。 広場の真ん中あたりでは、花嫁と花婿が、写真撮影をしていました。彼らはたまたま通りかかった警官の卵たち(学生?)に声をかけ、一緒に写真を撮ってほしいと依頼していました。その偶然のやりとりがあんまり素敵だったので、ぶれてしまったけれど、私も写真を撮りました。 また今年も、イタリアに行きたいなあ。そんなことを思いながら、今週も日曜日が終わります。おやすみなさい。
年があけて、あっという間に半月過ぎた。年末年始は夫の実家(北海道)で雪かきをしたり、私の実家(埼玉)でどわっと寝たりして、ゆったり過ごした。
昨年12月に30歳になり、なんとなく、一区切りついた感じがある。「ああ20代が終わってしまう……」というムダなわさわさした感じとこれから10年間は無縁だと思うと、憑き物がとれたようでさっぱりした。 30歳になったのを機に、自分が好きな服、今着ている服が、本当に似合う服か?をもう一度見つめ直した結果、「乙女」(mina perhonen系)「ナチュラル」(マーガレットハウエル系)「古着」(チェックのプリーツスカートとか)路線を辞めることにした。 これからはしばらく、モード系の服を選ぶ。本当は「ジルサンダー」「マルタンマルジェラ」とかがいいのだが、高すぎて買えないので、「ズッカ」「ユニクロ」あたりで、少しずつ、カッコいいイメージの服を増やしていこうと思う(ただ、「ZARA」とか「Theory」とか、OL色が強くなると、また似合わないんです。難しいね、服って)。でもなんか、高くても安くても、体にフィットした、似合う服を着ているときは気分がいいです。 それにしても今年の冬は寒い。私は年末年始の「キラキラ」が終わった後の、灰色の冬が本当に苦手です。1月はまだいいとして、寒さが最高点に達する2月、その後寒いのに花粉症まで始まる3月は、1年で一番辛い。 この冬を少しでも快適に過ごすために、セールで(1万円くらい)黒いダウンコートを買いました。とにかく暖かい。残りの冬はこれをずっと着る。これに関しては、似合う云々というより暖かければいい。 今年もここに、こまごまと書いていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
今日は、ちょっといいことがあった。
初対面の方との話の糸口に、駅伝のことを切り出したらすごく会話がはずんで、 「ああうれしいな」と思った。 高校駅伝、箱根駅伝、ニューイヤー駅伝。 毎年冬になると必ず家のテレビで流れていて 特に強かったときの早稲田なんかは、 (2区渡辺くんと、5区小林くんの時代。今は皆おじさんになって、監督をやっている) こたつから一歩も出ずに、うきうきしながら見ていたなあ。 うちは親の趣味で、時代劇と駅伝と、相撲がかかっている家だったので 小中学校のころは全然誰ともテレビの話が合わずに ひたすら仲間はずれにおびえていたのだが、 その時代に民放のバラエティを見ない代わりに何気なく続けてきた好きなことが 大人になった今になってけっこう生きてきていると感じる。 さすがに「暴れん坊将軍」「遠山の金さん」「大江戸捜査網」 それから「水戸黄門」「鬼平犯科帳」「御宿かわせみ」などについては まだ誰とも話したことがないけれど。 昔好きだった俳優は橋爪淳さんで、祖母と母と、新宿コマ劇場に、座長公演を見に行った。 そんな感じです。 おやすみなさい。
コツコツ、「冷えとり」をしている。
自分至上、こんなに続いた健康法は初めてじゃないだろうか。 なるべく夜に、半身浴。できない日は、翌朝。 20分以上は当たり前になって、1時間くらいつかっていても、気持ちいい。 土曜日に午後の2時頃だらだら起きて、 本を読みながら夕方4時くらいまでじわじわ湯船にいるのが最近の楽しみだ。 窓の外で遊んでいる子供の声を聞きながら、昼寝をしたり、本を読んだり。いい午後。 夜に半身浴できた日は、靴下4枚(絹、綿、絹、綿)をはいて寝る。 毒が出ると靴下が破れるというが、残念ながら私の場合はなかなか破れない。 でも、お風呂でじわじわ汗が出てくるようになった。 帰りの電車が読書タイムだったが、新たにお風呂の中が加わった。 健康系か、エッセイ、ファンタジーを読む。 今日は五木寛之と帯津良一の『養生問答』(平凡社の文庫版)、 昨日はミヒャエル・エンデの『モモ』(岩波の、ジュニア向けの)。 それにしてもこういう民間療法みたいなものを「信じている人」と 「信じていない人」の間の大きな溝みたいなものは、すごいものがあるなあ、と思う。 信じている人は信じているなかでどんどん深いところに進んでいくのに、 いわゆる西洋医学のお医者さんにそういうことをちょっと話しても 「あらそう。でも病気には関係ないよ」と流される。 私はどちらかというと「信じている」けど、 目先の辛さに耐えられなくて薬を飲んでしまうダメ人間なので もう少し自分の体でいろいろ試して、落としどころを探っていきたいと思う。 最近、昨日までテキパキと、前向きに、有能な仕事ぶりで働いていた人が、 突然糸が切れたように仕事中に涙が止まらなくなり、過呼吸に陥るという場面を目撃した。 どんなに優秀な、端から見ると「憧れの的」という感じの人であっても、 やっぱり機械ではないのだ。 人間というのはけっこうもろいものなのだ。 そのことをつくづく実感した。 私たちは心の中にバックドア(裏口)を確保しておく必要がある。人は普段は社会に向けた表の顔で生きているが、それとは別のところに自分だけのよりどころをもつことが大事ではないだろうか。それはひそかに思う人の姿であってもいいし、自分が強く心引かれる一枚の絵でも、一冊の本でもいい。ささいな何かで構わない。 今日の夕刊で、作家の川上未映子がいいことを書いていたので、メモする。 そう、あのときたまたま通った路地であなたに遭えた。ドアの前で待っていたら扉を開いて入れてくれた。私がいることなんか、全然気にせず過ごしてくれた。同じことを繰り返すことの重みと喜びが、あなたから伝わってきたんだ。机の前には車いすの女の子の写真があった。突然現実に引き戻されたようで、少しうんざりしたけれど、いつまでも手を止めないあなたを、私はずっと見ていた。 ![]()
しばらく心がざわざわしていた。最近ゆっくり「冷えとり」ができなかったからかもしれない。
10月の上旬に夏休みを取ったのだが、そこで旅行に行く自分が想像できないほど、余裕がなかった。「今ヴェネツィアに行っても、意味があるんだろうか」と、先週は航空券を取るのをためらっていた。3連休も最初の2日は布団にまるまってだらだらしていた。 今日、ついに部屋を掃除したらなんだかすっとして、外に出ようと思った。渋谷で掃除を済ませた後、本屋さんに寄ったら欲しい本がたくさん出てきて、まとめ買いした。本を買うと、私は元気になるらしい。井の頭線に乗るころには頭が整理されて、「旅に行こう」とすぐに思えた。今までいかに自分が混乱していたかに気付く。以下、もろもろ。 ●時計 腕時計を落とした。ショックだったが、神さまが「あなた、時計を変えなさい」と言っているような気がして、新しいのを買った。時計は毎回、デルフォニックスで買う。今回は「CYMA」というスイスのブランドの。新しいものを身につけるのはうれしい。 ●アレルギー ずいぶん涼しくなった。涼しくなった途端、アレルギーが来た。イネ?かな。ううむ。 ●『ノルウェイの森』 ひさしぶりに読み返した。この小説は村上春樹らしくない、と勝手に思っていたけれど、読み返したらそんなことなかった。暗い話だと思っていたけれども、それだけじゃないと思った。20歳になる人たちの話だった。今私はもうすぐ30歳になり、彼らより10歳も年上だ。そのことだけが不思議だった。 ●ワンピース ワンピースがほしくなって、「zucca」のネイビーのを買った。ぱさっとかぶるだけなので気持ちいい。 ●コーヒー 冷えとりを始めてから、家では白湯ばかり飲んでいたが、『ku:nel』の特集に影響されて、久しぶりに飲んだ。 ●伊集院静『大人の流儀』 母が旅行中に読んでいた。売れてるんだなあ、と思う。
父母と夫と4人で、有馬温泉と神戸に行ってきた。おいしいご飯と温泉でのんびりできて、本当にいい旅行だった。須賀敦子さんの生まれた土地、「夙川」にも降りることができた。
「いいな」と思ったのは、電車好きの父が、行く先々で切符をもらって帰ってきていたこと。自動改札の時代、切符を持って帰るには、改札で「スタンプを押してください」とわざわざお願いしなくてはならない。この旅で、そのことに気付いた)。本人は無意識なのだろうが、こういう、お金のかからない楽しい趣味を、私も身につけたい。 山の上ホテルを設計したウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築を、いくつか回った。これがまたすごくよかった。私の写真ではなかなか伝わらないかなあ。大学は、建物の中には入れませんが、外観を見に行くだけでも価値があると思います! ■ヴォーリズ六甲山荘 ![]() 「六甲山荘」は戦前のお金持ち(関西学院大学の先生)が夏、家族と過ごすために建てた別荘。 ![]() 六甲の山の上にある。調べていかないと絶対にわからない場所。 ![]() 天井が高い。居間はわざと、北向きに建てられている(涼しいように)。 ![]() 暗いダイニング。だんだん目が慣れてきて、これが自然だと思うようになる。 ![]() かわいらしい調度も、当時のまま残っている。 ![]() 南側から見た外観。NPOの会員になれば、宿泊もできるそうだ。 ■神戸女学院大学 ![]() 神戸の坂を上って行くと……。 ![]() ヨーロッパと間違えるような景色が、門の中に広がっている。中庭。 ![]() こぢんまりした大学かと思ったが、敷地はすごく広い。 ![]() 内田樹が『最終講義』でこの建築をほめていて、その意味がよくわかった。
こんにちは、お元気ですか。
ロンドンの暴動はびっくりしました。無事で何よりです。 日本でもそのうち、暴動が起こるようになるのかね、怖いね。 相変わらずですが、私は元気です。 夏は体調がいいので(なんといっても花粉症がない)助かっています。 冷えとり、半身浴だけは、一応毎日やっています。 靴下は……会社にはいていくのがなかなか難しいので、 週末だけ、できるときにやっています。 「食べ過ぎない」っていうのは全然できない。 最近、自分では若いと思っているのに、いつのまにかもうすぐ30歳になることに けっこうびっくりしています。 焦る、っていうのとは違うのだけれど もう「大学2年生」が10年前になるなんて、信じられない。 たしか、rちゃんと初めて会ったのは、ちょうど大学2年か、3年のころではなかったかしら。 自分はずっと変わっていないつもりなのに、 ひとつひとつの状況を見てみると、10年前とは何もかもが違うんだよね。 悲しいことでもあるし、当たり前のことでもある。 今、20歳の子に会ったら「あら若いわね。私とは考えてること全然違うんでしょうね」と 勝手に思ってしまうけれども でも、自分が20歳の時考えていたことと、 今考えていることの間にたいした違いなんて、ないんじゃないかなあ。 社会に出て、私はすごく合理的になったし、元来の優等生気質が戻ってきたけれど じゃあ、グレていた?というのか、落ち込むことが大好きだった 遅く来た思春期みたいな大学時代と本質的な部分ががらっと入れ替わっているかといえば、 全然そんなことはない。 一皮むけば不安で一人ぼっちで、何者でもない、自分がいるんだと思う。 そんなことを考えたのは、奈良美智の『Slash with a Knife』という本を、 たまたま美術館で手にとったからでした。 時間は過ぎていく。 自分が子どもだった頃のことを忘れないでいられる大人はすごいね。 そういう人が、アーティストになるのかな。 私はついつい過去を否定して、「あの頃から私はこんな風に変われた」と 思ってしまうから、たまにこういう人の作品に出合うと、ハッとする。 繊細すぎると生きていけない世の中にどんどんなっているけれど 私は昔も今も、弱い人が好きだ、と思う。 なぜなら、弱い人は優しい人だから。 私は中途半端に強い顔して世間をふらふら渡り歩いている俗物だから、 弱くて繊細なことを、せめて好きでいさせて、と思う。
愛すべき女子高時代の友人たち(「連中」と呼んでいる)と、4人で会う。皆、ここ2年くらいで立て続けに子どもが生まれ、それぞれ、小さな人たちをひょいっと抱っこしてやってきた。
お茶を飲みながら、家を買った話、子連れ転職についての話、姑の話、お受験をどうするかの話、子どもはいつ産んだらいいのかの話(←これは私)、たまに高校時代の話、などなど、だらだらいろんなことを話した。 皆、高校時代と変わらずマイペースで、皆、それなりに日々の仕事や子育てに悩んでおり、皆、なんだかんだ言いつつも幸せそうだった。 ここのところ仕事と子どものことをどうしたらいいのか、けっこう一人でいろいろ考えては行き詰まっていたのだが、彼女たちに「悩むよね~! それ」とか「でんちゃん(私の高校時代のあだ名)! じゃあ私の二人目と一緒に産もうよ!」などと言われて、いっきにもやもやが晴れた。 彼女たちに会うといつも、「私は私の人生を、人と比べずに、自分の好きなように生きていいんだよな」という気持ちになる。すごく、楽になる。こういう同級生を持てたこと、こういう同級生と出会わせてくれたわが母校に(笑)感謝しなくては。 結局、何がしたいかを決めるのは自分だ。私は私が決めた道を進むために、とりあえずやれることをやるしかない。それでうまくいけばいいし、もしうまくいかなければ、またその時考えればいい。 ![]() ※写真はイメージです(ミラノ郊外にある、須賀敦子さんの夫が埋まっているお墓) 先週は土日に、急激に「冷え」を増加させるような仕事(お世辞をたくさんいうこと)をしたので、この3連休は、ひたすら毒を出すことに専念した。 1日目は睡眠。 2日目は、掃除、映画、スーパー銭湯。 3日目は、睡眠、ちょこっと仕事。 土曜の夜はりんちゃんの家でごはんをいただく。友人たちとの楽しい語らい。大学時代の友人はいいねえ。初めてお会いした女性で、私にそっくりの方がいた。自分に似ている方というのは、無条件に、好きになるからいいですね(嫌いになったら自分のことを嫌いだってことなんでね)。 深夜、夫の仕事のことで、偉そうに好き勝手文句を言っていたら、夫が怒り出す。誰かのことを批判したくなるときは、必ず、自分の中に「何か」、がある。 翌日まで夫の機嫌が直らなかったので、へこへこしたり、冗談を言ってみたりしたが、うまくいかず。昼過ぎに、冷戦状態のまま、約束していたスーパー銭湯「高井戸美しの湯」へ。 露天風呂に腰から下だけつかって、ひたすら半身浴をする。目の前に、真っ白の肌の外人さんがいた。お風呂はリーズナブルなわりに(1000円ちょっと。高井戸なのに!)種類が充実しているし、清潔。露天風呂からも、空と緑が見えて気持ちいい。 最近、何か迷いがあると「時間をかけて冷えをとってさえいれば、いずれ何かが見えてくる」という感覚があり、今回もそうだった。じんわり体があたたかくなって、汗が出てきたくらいのところで「マイナスイオンの湯」に移る。そうしたらふと、「私の人生は私の人生。人の人生に干渉してはいけない」という言葉が出てきて、そうだ、と思った。 依存の気持ちというのは、いつの間にか人を支配するから怖い。風呂あがりに本を読んでソファに座っていたら、下の階でかき氷を食べ終わった夫が合流した。お互い体が気持ちがいいので、冷戦のことをなんとなく忘れ(相手が忘れていたかは確認していないが)しばらく読書する。 その後、『コクリコ坂から』を新宿で見る。 これが本当にいい映画で、帰りの電車で、パンフレットに書いてあった宮崎吾朗さんの文章を読んで涙が止まらなくなった。今日も、自転車をこぎながらもう一度思い出して、ぷふぁっと、涙が出てきた。 コクリコ坂とも関係するけれども、今日NHKでやっていた「上を向いて歩こう」の誕生秘話も、すごくよかったなあ。黒柳徹子が「この曲を聴くとね、ボタンを押されたみたいに、ぷふぁって涙が出てきちゃうんですけど、なんか、人の喜びだけじゃなくて、悲しみの感情を思い出させる何かが、この曲にはあるんでしょうね」と言っていた。 今日の夜は、『mur mur magazine』を買い、夫の得意料理の「シンガポールライス」を食べて、半身浴をして、そして寝ます。今週も丁寧に生きたいものです。
仕事がどわっとくると、帰りの電車で活字が読めなくなる日がたまにある。
今日がそれ。 ので、iPhoneで、俳句を打ってみる。 虚構だとしても美しすぎる潟 番茶 五月雨の後にフォリーニョ駅の空 番茶 夏祭り行こうと誘う人がいる 番茶 もう会えぬ君はサンダルを履いていた 番茶 ![]() 夏の陽を探すヴェニスの黒い路地 番茶 炎天の後に紫色の雲 番茶 夫が自分で勝手に俳号を決めて、楽しそうに俳句を読んでいる。うらやましいので私も詠んでみよう、と思ったのだが、難しい。人に意見を述べる、あるいはすばらしい句を讃えるのは簡単だが、たった17文字で自分が伝えたい景色を相手に伝えるのは、ほぼ不可能に近いことなんじゃないか。でも楽しいので、ぽつぽつ作ってみようと思います。稚拙ですが。俳号は、「番茶」にしました。 夏の夜は気持ちいいなあ。おやすみなさい。
ようやく、花粉症(スギ、ヒノキ、イネ、ブタクサ?)が終わった。これからはコンタクトもできるし、毎朝くしゃみで目覚めなくていい。
秋の花粉症シーズンまで、私の本当に好きな季節が始まる。夏は、これまでこわばっていた体がゆるんで、しなやかになる感じがする。毎年、調子がいい。 「冷えとり健康法」はできるときに続けている。靴下4枚履きはすごく気持ちいいんだけど、靴下が2セットしかないのと、昼間に履くのが靴の関係で厳しいので、週末の夜だけ。 半身浴するだけでも、本当に調子がいい。下半身をお湯につけてぼーっとしているだけなのに、辛い時はじんわり涙が出てくるし、無意識に頭が働いて、アイデアが浮かぶこともある。思い悩んでいたことが「明日やれば済むことだわ!」と思えることもある。 ロンドンに留学している友人に服部みれいさんの本を勧めたら、意外としっくりきたみたいで、ルームメイトとともに「冷えとり」や「ホ・オポノポノ」を熱心にやっているとのこと。正直、“乙女”的にあーだこーだ言いだすと、100%共感できない部分も出てくるのだが、彼女の本には、気持ちいいならやってみようかな、と思わせる、宗教的な魅力があるのだ。 私は冷えとりに加えて「アーユルヴェーダ」にも興味がわいてきて、『murmur magazine』関連の本は、ほとんどそろえた。今日はカワムラタマミ『からだはみんな知っている はじめてのクラニアルセイクラル・セラピー』を購入。 それでは今日は寝ます。よい1週間になりますように。 また、ヴェネツィアの夜が見たいなあ。 ![]()
雨の音。窓を閉める。白湯を飲む。
大学時代の友人の、結婚パーティに行った。最近ようやく、大学生時代が“過去”?というのだろうか、今の自分と分離されたものとして、認識されるようになってきた。社会人になってからかなり長い間、今の自分と大学時代の自分がつながったままの感覚だったので。よく考えてみれば、もう、大学3年のときから10年経つんだなあ。そりゃ、過去にもなるな。 今振り返ると、大学時代の自分は本当に、すねていたなあ、と思う。遅く来た思春期だったのかもしれない。悩んでもいないのに悩んでいるふりをして、時間を潰していたのだ。 「私なんて誰にも必要とされてない」 「私は暗い」 「私はとるに足らない人間だ」 「私なんてかわいくない」 そんな感じのことを思ったり、人に言ったり。言われたほうも困っただろうな、と思う。なのに皆「そんなことないよ、かわいいよ」と言ってくれた(ような気がする。そう言ってくれた友人たちには、本当に感謝しています)。 あのすねていた時期にもし、テニスサークルや体育会の部活に入ってピリッとした学生生活を送っていたら、もしかしたらその後の就職活動もサクサクうまくいって、今ごろ何の心配もない、安定した企業で働いていたかもしれない。 でも、以前も少し書いたけれども、おそらく私には、あのすねる時期が絶対に必要だったのだと今は思う。あの時期の、 人といろんな衝突をしたこと ポストの郵便物も出せないような、無気力な一人暮らしの生活をしていたこと 毎晩毎晩眠る前に誰かに電話せずにはいられなかったこと 何もしたくなかったので、ひたすら本を読んだこと そういうひとつひとつが、今の自分をつくっている。 明るく前向き。まっすぐ単純。素直。そういう自分が得意なことをしていいんだ、と思えたのは、あのすねて、ぐるぐるして、悩んで悩んでポエムなどを書いていた時期があったからこそ、なんだと思う。 結婚式の終わりくらいに、会場にサークルの先輩がいることにきづいて、「おひさしぶりです!」とお互い興奮し、地下鉄の改札まで、話しながら帰った。いつもきれいで明るく、一緒にいると「光」っていう感じの雰囲気は、全然変わっていなかった。話せたことがうれしかった。
昨日の夜から、突然強い花粉症が出て、くしゃみが止まらなくなる。薬を飲んでもだめ。その後、下痢になる。なんだこれ。原因がわからないことほど、不快なものはないなあ。
少しでも何か変わればと、この間書いた「冷えとり」の服部みれいさんが勧めていた、アーユルヴェーダ式オイルマッサージをやってみる。温めたごま油で顔とか体をさする。勝手がわからないことも多いが、人肌に温めたオイルをどろっと手にとる瞬間は、けっこう気持ちいい。 私の人生、花粉症がなかったらもっとハッピーなのになあ、といつも思う。「持病と付き合う」というのはこういう感じだよな、というのが最近分かってきた。今日も、靴下を重ねばきして、白湯を飲んで寝ようと思う。
ずいぶん温かくなった。寒さと花粉症という、3月ごろから続く二重苦の一つが、ようやくなくなる。うれしい。花粉のほうはまだ続いているが、こちらも最悪の時期に比べると軽くなってきた。
本当に最近、体のことをよく考えている。自分の体は、全然自分の思い通りにならない(じゃあ体以外はどうなのかというと、気持ちも思い通りにならないし、要するに、「私」と呼んでいるこの人と、常にうまく付き合っていかなければならないということなんだが)。 よく考えているおかげなのかもしれないが、最近ひとつ、自分の体のことで、気付いたことがある。生理の二日目には、ほぼ確実に頭痛がくるということだ。今までは、頭痛のたびごとに場当たり的に向き合ってきていたため、「ストレスかなあ」とか「なんでこの大事な時に頭が痛くなるんだよ」とイライラしていた。それが、二日目だからくるんだ、とわかったのでストンと腑に落ちて、安心できた。 ![]() ![]() 今日は3年ぶりくらいに白洲正子の家「武相荘(ぶあいそう)」に行く。見るたびに新しい発見がある場所。まるで須賀敦子の本のようだ。工夫を重ねながら、日々を面白がって生きること。正子の生けた花や器、部屋から、そのことが伝わってきて、背筋が伸びる思いだった。昨日から連休最後の日をどう過ごすかもぞもぞして、落ち着かなかったのが、一歩門をくぐっただけで空気が変わって、「あ、来てよかった」とすぐに思った。入口付近のミュージアムショップで、『鶴川日記』を買って帰る。 鶴川は、小田急線で「快速急行」に乗ると、下北沢から20分くらい。昔は「鶴川村」という多摩丘陵の農村だったそうだ。以前来たときは気が付かなかったが、駅からバスで15分くらいのところに、大規模な団地がある。「鶴川団地行き」のバスがあったので、武相荘の帰りがけに(駅とは逆方向だったが)乗ってみた。 自分が団地に住んでから、元公団の建物を見つける癖がついてしまった。戦後の「住宅難の時代」に建てられた割に、今の効率重視のマンションに比べて土地の使い方が本当に豊かで、小さな「ムラ」のようになっている。緑も多く、散歩しがいのある物件が多い。 吉祥寺駅から公園を通って家に帰る道の途中に、小さな修道院が立っている。いつも自転車でそこを通るたびに、「中の世界」で暮らすつつましい修道女のことを考え(実際に見たことはない)、次にイタリアの朝、教会からもれ聞こえてくる歌声のことが頭をよぎり、すーっといい気持ちになって、通り過ぎる。
花粉症の季節はずっと調子が悪いので、毎年からだのことを考える。
先日服部みれいさん(murmur magazineの編集長)という方が書いた『SELF CLEANING BOOK―あたらしい自分になる本』に出会い、これに書いてあることを少しずつ試している。 なかでも「冷えとり健康法」は、実践したら花粉症が治ったと書いてあったので気になった。冷えとりというのはただ腹巻を巻いたりセーターをたくさん着こんだりすることではなく、おもに ・半身浴をする(20分以上) ・くつしたの重ねばきをする(絹・綿・絹・綿の順で4枚はく) ・食べ過ぎない を実践すること。 上半身よりも下半身の温度を高く保つのがポイントらしい。 こういうホリスティック医療とか民間療法的なものは、もともとは全く興味がなかったのだが、冷えとりだったら、靴下を買うくらいで初期投資も少ないし、少なくとも害はなさそうのでやってみることにしたのだ。私はもともと代謝が悪く、夏場でも汗をほとんどかかないしトイレも遠いし、顔色もくすんでいる。毒をため込んでいる感じはいつもしていたので、冷えとりで毒を出すというのは、自分に合っているのではないかという気もした。 まだ始めたばかりでこれから続くのかわからないが、感じたのは下記。 ・風呂に入るモチベーションが上がった。これは本当によかった。湯船で読書する本は大橋歩『早くお家に帰りたい』など軽いエッセイにしている。 ・足がぽかぽかなのはなんか気持ちいい。安心する。 ・靴下の重ねばきは、猛烈にむれる。夫に「異臭がする」と言われた。会社にまではいていくのは難しそう。 ・冷えとり専用の靴下のセット、「靴下屋」などのふつうのお店では売っていなくて、ネットで購入した。ネットでは売り切れが続出していて、カルト的な人気を感じた。 ・冷えとり靴下セットの値段がもっと安くなればなあ。4足セットで3000~3500円くらいなので、何セットか買うと1万円を超えてしまう。今のところとりあえず1セット購入。 ・ついでに、白湯も毒だしに効くというので、毎朝飲むようにした。これは楽なので続けられそう。
夫のイラストシリーズ第二弾(前回けっこう反響があったので、調子に乗って……これで記事を書いた気になっていいのか)。毎日テレビで流れている、アレです。
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